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> 淋しい春になりそうだ…(2月9日)
「春は別れと出会いの季節」というが、社会人になってからもそんな気分を味わうことになるとは思わずにいた。まぁ、転勤や退職は社会人にとっては付き物かもしれないが、やはりそれはそれで淋しい…。特にこの度、退職される数名の方とは公私にわたり、深くお付き合いさせていただいていたので、より一層のものがある。
なぜか次の漢詩を思い出していた。。

黄 鶴 樓 送 孟 浩 然 之 廣 陵              李白
(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)    

故 人 西 辞 黄 鶴 楼 (故人西のかた黄鶴楼を辞し)   

煙 花 三 月 下 揚 州 (煙花三月揚州に下る)   

孤 帆 遠 影 碧 空 尽 (孤帆の遠影碧空に尽き)   

唯 見 長 江 天 際 流 (唯だ見る長江の天際に流るるを)

【意訳】親しい友の孟浩然は、この西の地、武昌の黄鶴楼で別れを告げ、霞に煙る花の咲く三月、揚州へと舟で下ってゆく。
楼上から眺めると、友の乗る舟の帆かげが青い空の彼方に消えてゆき、後には長江の水が空の果てまで悠々と流れているのが見えるだけである。  

この詩は、李白の年来の友人である孟浩然と黄鶴楼で別れた時のもので、”送別の詩の絶唱”と言われる。記憶では高校の時に習ったはずだが、情景を思い浮かべやすいこともあり、この詩は孟浩然の「春暁」同様、今でも諳んじることができる。
元々漢詩は好きな方で、長旅の際にはポケット漢詩集をBAGに忍ばせたりもする。列車の車窓を眺めながら、漢字のみのシャープな文体から詩の意味を想像するのもなかなかオツなものだ。
「別れはいつでも淋しい」、そんなことを感じた日であった。
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by issa-izm | 2006-02-23 23:41 | 周辺雑記