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> ”読書の秋”に思う…
人間のコミュニティ・ツールにPCと携帯電話が加わったここ10年、人間の余暇の愉しみ方・情報の入手方法も随分、変わってきた。私で言えば、最近はほとんどTVを観ることがなくなった。観るのは映画やスポーツ中継にNEWSくらい。圧倒的に増えたのが、インターネットとDVD鑑賞。読書は好きだが、以前よりは確実に減っている…。先日の新聞に次のようなコラムが出ていた。
【毎日新聞10月31日付朝刊『余禄』】
「もしも言葉に沈黙の背景がなければ、言葉は深さを失ってしまうであろう」。哲学者、マックス・ピカートの言葉だ(『沈黙の世界』みすず書房)。ちょうど大地から木が芽生え、葉が茂っていくように、言葉も人間の心の奥からわきあがるものだ▼先日の学校読書調査で、幼いころに大人から昔話を読み聞かせしてもらう経験が減る傾向にある、という結果が気になった。親と子の間でゆったりとした時間や、昔話をめぐって語り合うことが少なくなれば、人の話を聞く力も、自分の気持ちを言葉にする力も育ちにくくなりはしないか▼インターネットなどのメディアで言葉はあふれかえり、テレビの世界では静寂を避けるかのように冗舌がはびこっている。だが、いろんな学力調査で、日本の若者たちの読解力は低下するばかりだ。今夏に成立した文字・活字文化振興法は「言語力」の育成を掲げたが、その課題は大きい▼そんな中で「朝の10分間読書」運動の広がりはうれしいことだ。「みんなでやる、毎日やる、好きな本でよい、ただ読むだけ」を原則に全国で実施している小・中・高校は2万校を超え、実施率も5割に達した(「朝の読書推進協議会」調べ)▼実施校では子供たちが本を好きになるばかりか、落ち着きも生まれている。始業前に「静寂の時間」が生まれ、教師と子供たちが沈黙を共有し、それぞれの関心を見つめている。その光景は、深い闇の中で輝きを増す希望の光のようにも見える▼ピカートは、メディアによる喧騒(けんそう)で人間の内面が壊れていく時代の病理も鋭く指摘した(「われわれ自身のなかのヒトラー」同)。社会の流行や気分に踊らされないためにどうしたらいいのか。秋の夜、「言葉の力」の回復を静かに考えたい。
e0000839_153433.jpg本や新聞を読まないと、まずは漢字を忘れていく。また、PCの普及により実際に書かないことが、それを助長する。人の学習能力は幼少の時、最もつきやすいと言われるが、やはりそれは確かなようで、小さな時、学んだことは確固とした知識や記憶として、残るのが一般的である。本を読めば、漢字も言葉も覚える。
私の父は「耳なし芳一」の物語を擬音語を交えて聞かせるのが得意であったが、私もそんな「耳なし芳一」の物語を諳んじられる程に暗記してしまった。また、小学校低学年の時の担任は始業前の約10分間、灰谷健次郎の小説を中心に音読してくれたが、それは私を読書好きにさせる要因になった(そんな大人の趣味・嗜好に影響されてしまうのも子供の特徴だが…)。
本を読まなくなった子供たちが、そして日本人がこれからどうなっていくのか?、正直心配なところではある…。
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by issa-izm | 2005-11-26 00:42 | 周辺雑記